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肯定の話

 

 

否定から入るのは良くないとよく言いますが、どこからが否定なんですかね。個人的には一拍置くだけで言いと思います。そうなんだ、でもぼくはそう思わない、とかね。要は一回あなたの話を聞きましたよというのが重要なんですよね。

日本の若者の傾向として、最近は全体的に読解力が落ちてきてるので、もうちょっとクッション置いたほうがいいかなぁと留意しています。切に感じる環境に身を置いてるので、ぼくも気を付けよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

母の友人がリフレクソロジーやリラクゼーション、なんたら療法系に精通している。母がその人に会うたびこんな話を聞いたことがあると話してくれるのだがまぁ世の中広いもんだなぁ、とその度に感心する。

そういったなかでヒーリング音楽やアロマはだいぶ浸透したものだ。川のせせらぎ、森のさざめき、鳥の鳴き声といった自然の音、ジャズやクラシックなどの柔らかな楽器演奏のCDを見かけるようになった。ジブリアレンジとかもあるね。

テレビでやってる音のソノリティーという番組もある意味ヒーリングなんかな…あれすげぇ音するときあるけど…。

ぼくはあまりヒーリング音楽とか聞かないけど、もちろんヒーリング音楽もアロマも落ち着かせたりいろいろ効果があるのはしっている。

言葉がない歌は寝るときにいいよ。眠いのに中々寝つけないときって頭のなかで余計なこと考えてるせい、ってのがあったりするので、ひたすら脳内で「あーーーー」とだしつづけるのもよい。あとは理解できない言語の歌とかもね。ニーアレプリカント/ゲシュタルトの歌は架空言語だから最適だなぁ。モンハンもだわ。

 

 

まぁ癒しのなんかっていうか、母の友人はどちらかといえば話を聞く方の人なんだけど。ぶっちゃけそういう話を聞いて欲しい人って背中を押してもらいたい人なので、コツを掴めばぼくでも背中押せるなぁと話を聞きながら思ったり。

 

例えば、「彼氏と別れたけど別れたのって正解だったのか、どうしたらいいかわからない」って相談があったとして、それに答える必要ってあまりないと思うんだよね。つまるところ正解なんてわからないし、実際欲してるのも納得と安心なんじゃねぇかな。

だからくどいレベルで話すならば、

「そうなんだ、悩んで辛かったね」の労り、

「きちんと悩んだり、考えることができてる」の褒め称え、

「あなたは考えられた時点で前を向いてる」の認知、

「あなたはちゃんと決められた」の肯定、

「だから決めたあなたを信じてあげて」

で選択したことに対する同意とあたかもアドバイスしたかのような演出、そして後押しでフィニッシュ。なんて身も蓋もない。

 

でも基本この組み合わせだと思うんだよね。

すごいわざとらしくやったけど、細木数子?のようなパターンだって煽るように言うだけであって根本変わらないし。

「はぁ?あんたもう自分でちゃんと決めてんでしょ!なんでこんなとこでうじうじしてんのよ!シャキッとしてケリつけなさいよ!いつまでもみっともないわよ!」

みたいなね。言い方が荒いだけで、ちゃんと認めてもいるし同意してるし背中押してるし、基本的なことは大体守った上でのきつい感じだと思う。

 

 

そんな感じでわざとらしくやったから「うわ…」感満載だけど、バカにできないのがこれ。初対面なら正直守って損はないからなこの言い方。超重要。

否定の場合がないじゃん!ってなるかもしれないけど、普通に会話で使うなら、「労り」「認知」「同意」、そして肯定の代わりに「提案」を入れたら完璧なわけで。否定じゃないのがミソ。

露骨にやるから胡散臭いだけで、こういうなんたら療法も無下にできないなぁと思う。実際人の心つかめてるんだから、コミュニケーション能力アップの糸口があるんだよね。むしろ否定しない分、とっつきやすいのでは。

 

 

 

食べ物の好き嫌いが多い人は人の好き嫌いが多いと言いますが、それは嘘だと思う。

ただ、食わず嫌いが多い人はそうだと思う。

何故ならちょっと嫌だと思った瞬間にシャットアウトしちゃうってことだからね。なるべくそういうのは減らしたいなぁと思っている。

 

 

 

だから誰かぼくとあんこう鍋食べに行きませんか!!!!

あんこう鍋食べてみたい。